※本記事は、2025年12月14日に公開した「カバー写真とリリース文」を改訂し、
二つの記事に分割したうちの一つです。
いつからかの日本的な音の感受性
沈黙の中にさやかな音を拾い
広がってゆく波紋のような響きの重なりこそに
耳を澄ませ聞き取る
音の瞬間だけをフォーカスするのではない
その時の感じ取り方を
その感性を
ピアノという楽器を使い
三味線という楽器を使い
少しでも皆様にお伝えできれば、とても嬉しいです。
上記がアルバム「刻」のリリース文です。
普段、私はこのような作曲の考えを出すことはありませんが、
この機会を得て、一度話しておこうと思います。
今(2025年12月)までの私の作曲の基本的な考え方は
私の中から自然に出てくる音を、
自然に好ましいと思う静かな深さを、
ピアノの音として得て、
その響きを、どうにかできるだけ忠実に、
国際規格である五線譜に移行させる。
というものでした。
実際にできたかどうかは、ともかくとして
それが私の目指すところであり、よって立つところでした。
それは、内田樹先生のお考え
国際社会で求められている能力は、「国際共通性をもたないアイディア(ローカルな、あるいはパーソナルな)を、国際共通性のある言語とロジックに載せて展開する能力」だと思います。
現代人に限らず、人類がジャングルから出て共同生活を始めてから、求められる能力はつねに同じです。
成功について 内田樹の研究室 http://blog.tatsuru.com/2010/09/14_1114.html
の末裔の一つに連なるものだと、今は思っています。
これから、私の考えややり方も変わってゆくこともあるでしょう。
それでも、最初に自然に選んだこの立ち位置は、私にとって重要でしたし。
また、その立ち位置を、作曲を始めて約二年経った、このアルバム刻を作る段階で
私に言語化できる視野をかつて世に示してくださった内田樹先生には、感謝しています。
これからの音楽の道のりが、私にもっと歩けれれば
どのように変化してゆくのか
今の私には想像もつきませんが
より深く清水が流れる音の世界に
つながる繋がることができればと願っています。
音の宮を建てる
召喚するのだ
これから、ここに
聴衆として、オーケストラのコンサートに伺った時
その演奏が始まる前の皆様のチューニングの音などを聞きながら
その雰囲気に、ふと思いました。
素敵な錯覚でした。
私がその方向にゆくかどうかは、また別として
不思議な感覚でした。
今の生演奏の空間の感触を
ここに記すことを、お許しください。
