夏の終わりに

小説
Larisa KoshkinaによるPixabayからの画像

「あら。姫様からの文?」
夏の終わりの夕暮れ時。開け放たれた窓から涼やかな風が髪を揺らしたと思うと、白いテーブルクロスの上に一つの文が現れた。
慣れた香りにそうらしいと恋人に返しながら尋ねる。
「よく解るね」
恋人は少し驚いた顔をすると、自分の目を覗き込んで納得したように呟く。
「本当に知らないのね。貴方」
「何を?」
「自分の血族のことよ。貴方の身内のこと。」
「根性の悪いご先祖としか、あいにく。こちらは人界で生まれ育ったので」
「私もそうよ。貴方とは時空が違ったけれど。貴方の血筋はね、生まれる前に香りも花も刀も作られるのだそうよ。まあ、名のある血筋だけとのお話だったけれど。その香りは姫様のものよ」
百合とグリーンの香りはなんとか男の自分でも解る。あの先祖らしい透明感のある香りだ。

自分のご先祖とタイムトラベル(自分の仕事だった)先で会うなんて、どれくらいの確率だろう?しかも、飛んだ先で襟首を引っ掴まれるという状況で。
姫様はまだ地球担当ですもの。いきなり見知らぬ身内が現れれば、いかに姫様でも驚くわよ。
そう答えながら、彼女は促す。
「それでなんと仰られておられるの?」
「次の祝いの席に、君の服装と花はどうするのかと…。こんなこと聞いてくるものか?いくら大きな政治の場とはいえ」
「気を使って下さっているのよ。姫様のタイムスケジュールの凄さは知っているでしょう?有難いことよ」
私ね、自分の血族の衣装を着たいわ…。


「姫様、なにかございましたか」
主人のかすかな鼻歌を聞こえないそぶりで受け流し、古株の女房は尋ねる。
「そうね。ちょっとあちこちに話を通しておかねばね」
「良いお話が何か?」
「出来の悪い子孫の出来の良すぎる婚約者が違う血族であることに文句を言わせない良い機会」
るん…ともう一つ鼻歌を付け加えると、彼女は風を宮殿の塔から送り出す。風は四方に広がり天の果てまで流れてゆく。

「まあ。それはよろしゅうございました」

彼女の友を作りたいのよ。人は属性ではないと、驚きから始めさせるのではなく、見て欲しいから。
このくらいは、先祖としてやっておかねばね。

どこまでも高く澄んだ空。やがて暮れ行く世界も決して実りのない時間ではない。暖かな風が吹くそこは。