その声を滄浪に聴く 2

小説
Cindy LeverによるPixabayからの画像

「…落第」
そのなんとも言えない柔らかさそのものの猫が、先日書いた魔法陣をしげしげ見た挙句発した言葉のようだった。
「それで?」
彼女は一言も聞き漏らすまいと、膝をつき頭を下げて耳をそばだてる。
「どうしたら?」
必死の思いのこもった声。その目を見てから、猫は、まるでため息のように息を吐き、周りを見回していた。

緑濃い世界。神々がいない訳ではない。ただ…。
もう一度、猫は魔法陣を見た後、ひし傾いた丸太を組んだ小屋へと入っていく。本棚を見れば、まるで闇鍋のようであった。系統も領域もめちゃくちゃで、紛い物から専門書まで、全てが古く壊れかかったそれらが一つの本棚に入れられている。
彼女が手を尽くしただろう本は、それでも棚を埋める量はない。

神がいない訳ではない。ただ…。

音も立てず開いている窓辺へと移った猫を追って彼女が入ってくる。
ふわりとたんぽぽの種子が彼女の服に纏わりついてきた。
猫の逆光に沈む姿の中に光る目がそれを見て笑った気がする。
「なにを望むの?」
「声が」
絞り出される言葉。
「声が欲しいのです、姫」
「声とはどのような?」
発声なら出来ている。その意味でないことは当たり前だった。
「解りません。解らないけれど、声が欲しいと…とても欲しいと思うのです」

己の望む「声」が何なのかも解らない。仕方ない。このように辺鄙な地、散り散りの本、そして神への道がない。…師もいないのだろう、当然。

窓辺の高い一本の木を見上げて猫は笑う。
「お久しゅう、王よ。そこで何をなされていらっしゃるのです?」
「とりあえず優先する講座の順は決めたぞ。今は担当する者を話し合っているところだ」
ゆったりとした声が降ってきた。


…向こうで部下が気の狂う思いをしていますよ…