その声を滄浪に聴く 3

小説
Cindy LeverによるPixabayからの画像

暫くのちにイリスは、何の気なしに再び渡った。
その気はなしにとは言うものの、あの歌声がもう一度聞きたかった。

かの地は変わらず緑が多いものの、広い道には石畳がひかれ、あちこちに家がたち、若い人達の静かな賑わいが漂っていた。
もう400年は経つのか…。
あの傾きかけた小屋はもうない。とうに崩れてしまっただろうそこには新しい、とは言っても300年は経っていると思われる外観の高い建物があった。
「総合大学図書館」と彫られた入り口を潜り抜る。最新の空調の中に収まっているおびただしい本の数々。
絵画・文章・音楽・数学・哲学・科学・医術・魔術・歴史・政治…。
それらのプレートを通り過ぎて敷き詰められた絨毯の上、灰色がかった猫は奥へと向かう。

そこには、淡い光を放つ珠が紫の敷布の上に置かれていた。
彼女は数段の階段を登ると、とんと同じ高さの場所にまで飛ぶ。
目を合わせれば、あの声が聞こえてきた。

あの少女が晩年、夏の朝、大河に向かって歌った声だ。
涼やかな緑と水の風の中、響いた声だ。

結局、彼女は術師にならなかった。

不意に図書館の上の方から、二人の若い声が降ってきた。
「え?術師にならないの?なんのために魔術を習っているの」
「あの声を聞いた?私、初めて。あの歌を継ぎたい。その先にいたい。」
「どの声?」
「ほら、奥に収められている珠よ。初代が残したと言う言い伝えの」
「継ぎたいって…それに楽譜も歌詞も残っていないのよ。声が残せるなんて聞いたことなかったけれど。あったのねえ。一つだけ。声があるのに、他になにもないのもあれだけれど」
「なら、他は私が残すわよ。術の歌だって、きっと解けるわ」

彼女の声を聞いている様だった。
あの闇鍋の本棚から、そうしてここまできたのだ。


学園都市。
その始まりの滄浪に渡る声を思い出しながら、イリスは去った。