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イリス

小説
qhekf4235によるPixabayからの画像

「まあ、姫様」
くすくすと柔らかく笑う声に、戦慄が走った。
これは、まずい。とにかくまずい。何かは解らぬが逃げねばならぬ。
斜め前に立つのは、年老いた美しい狐だ。
実年齢は解らぬが、それなりの年齢を重ねているはずの、姿は40後半の美しい人。
女性らしい…と言えば言えるが、その前に存在が美しい。

「お気に触りましたら、お許し下さい」
少し腰を落として伝えれば、彼女は首を振る。
「姫の方が尊い血筋です。そのような振る舞いは…」
血統だけで言えば、そうだ。
逆を言えば、彼女は大した血筋もなく、その能力と人柄で最高位の役職に就いた一族である。

「何も気にしておりません。ただお若いな、と」
それが気にしていることだろう!
ただ、こういうところが老いた狐だ。正邪の理に厳しいこと、彼女に流れる光属の血の方が遥かに強い。
なのに、彼女はそれだけに拘らない。
それぞれの弱さ、グレーゾーン、多面性。
彼女は言葉を飲み込む。
そして自ら動くのだ。

「そうですね。さすがに振れすぎです」
彼女は私の目をまっすぐに見ると呟いた。

…さて、どこから手をつけましょうね。


葉擦れの音さえない闇の中。人の営む世界の片隅で。